2018年01月11日

和楽器の潜在的なすばらしさ

和の音楽っていいよね、なんか荘厳だよね、けっこう玄妙だよね。
なんてこの間渋谷の女子高生が駅のホームで話していたとか、話してないとか。
あくまで個人の見解ですので、余ったお雑煮を食べながら気軽に読んで下さいね(餅喉つまり注意!)


個人単位が評価する音楽群雄割拠時代へ

 

音楽でご飯を食べる(稼ぐ)って、ひと昔前は選ばれた人の特権でした。
日本史で言えば荘園という特権を得た荘園領主みたいな。
しかしそんな価値観が昨今徐々に崩れつつあります。
それは、リスナーやお客さんの嗜好が多岐に渡り、お金や人の流れが細分化されているからです。
つまりいろんなアーティストにいろんなファンがついて、いろんなキャッシュポイントがあるってことですね。
日本史で言えば非中央政権から生まれた戦国群雄割拠みたいに。
今は数ある情報からリスナーが自由に選択し、選定して音楽を楽しむ時代です。
だから、音楽家は一部の人が大きく稼ぐ時代から、たくさんの人が少しずつ稼ぐ時代に変わっています。

 

万人にウケる音楽は存在しない

 

どんなものにもそれを愛する人は必ずいて、そういった人たちの集まりをトライブといいますが、
世界中には何万ものトライブが存在します。
例えば私山田はジャズが好き、ギターが好き、インテリアが好き、ジャパニーズアートが好き、ヤクルトスワローズが好き、
武田信玄が好きなど、自分の趣向が沢山ありますが、それぞれに同じ思いを共有するトライブがあります。
コンテンツマーケティングではこの「トライブ」が非常に重要な単位となり、SNSとの相性もいいことから、
無意識のうちに私たちはトライブから様々な情報を受け取り、それを有益無益のふるいにかけています
もちろん音楽も例外ではなく、制作段階で特定のトライブにターゲティングしていくことが重要です。
つまり、従来のような「誰しもに愛される音楽」を作ることは目的としてはナンセンスです。
それは結果としてあるべきだからです。

 

普遍のトライブ「和楽器」と未来への伝道者「奏者」

 

和楽器はただそこに存在しているだけで価値があります。
これが伝統の強みですね。
イベントでも販促でもオープニングでも和楽器はすごい存在感を出します。
そしてそれを最大限に体現してくれるのが演奏者の面々です。
いや、演奏者の凛とした存在が和楽器を伝統ある唯一の価値にしてくれるのかもしれません。
本来「奏者」という言葉は古く日本では大名から大名への言付けを「伝える人」のことであり、演奏者という言葉もご多分に漏れず
同じ意味です。つまり和楽器奏者とは和楽器の伝統や文化を「伝える人」なのです。
そう、キリスト教を伝えたフランシスコザビエルにように!(個人的には秦河勝を支持!)

 

おっとこの辺で便所の落書きもスペースがなくなってきました。

 

 

 

 

 

 

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